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東京高等裁判所 昭和47年(ネ)538号 判決

控訴人 縄井久之

右訴訟代理人弁護士 石原秀雄

被控訴人 国

右指定代理人 増山宏

同 貫洞征功

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は、原判決を以下のとおり変更する、被控訴人は控訴人に対し金百五十六万九百三十円及び内金百三十二万九百三十円に対する昭和四十三年五月九日から右完済に至るまでの年五分の割合による金員を支払え、訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする、との趣旨の判決及び仮執行の宣言を求め、被控訴人指定代理人は、控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の事実に関する主張並びに証拠の提出、援用及び認否は、控訴代理人において、控訴人は、(一)控訴人が訴外鈴木源吾に支払った同訴外人に対する訴外阿部広太の借入金債務金六十万円並びにこれに対する利息及び損害金債務金三十万円の合計金九十万円、(二)右訴外鈴木との交渉、任意競売の取下、登記抹消等に要した費用の一部金十万六百五十円、(三)控訴人が訴外足立常一から金百万円の借入の交渉をするについて要した費用金二万二百八十円、(四)控訴人が被った精神上の苦痛に対する慰藉料金三十万円並びに(五)控訴人が本訴の提起及び追行のために弁護士石原秀雄に対し支払の義務を負担した弁護士費用金二十四万円(以上(一)ないし(五)掲記の各金額は、原判決事実摘示中第二、当事者の主張、一、請求原因(七)1、2、3、5及び6掲記の各金額にそれぞれ該当する)、以上合計金百五十六万九百三十円と上記(一)乃至(四)掲記の各金額の合計金百三十二万九百三十円に対する昭和四十三年五月九日(控訴人が上記(一)掲記の金九十万円の支払をした日の翌日)から右金員の支払済に至るまでの民法所定の遅延損害金の支払を求めるものであって、控訴人が訴外足立常一から借入れた金百万円に対する昭和四十三年五月八日以降右完済に至るまでの年一割九厘五毛の割合による利息金に相当する金員(前掲原判決事実摘示中請求原因(七)4掲記の金額に該当する)についての請求は、これを減縮する、と陳述した外は、原判決事実摘示のとおりである。

理由

当裁判所は、当審における新たな弁論の結果を斟酌しても、控訴人の本訴請求は、原審の認容にかかる部分を除き失当と判断するものであって、その理由として原判決理由説明を引用する外、なお、以下の説明を付加する。

(一)〈証拠〉を総合すれば、控訴人及び訴外阿部広太は、もと訴外青木建設株式会社に勤務していたのであるが、昭和三十七年から三十八年にかけて、右会社の集金などを業務上横領したとの事実について静岡地方裁判所沼津支部に起訴され、両名とも有罪の判決を受け、両名は右判決に対し控訴をしたこと、右刑事事件が控訴審に係属中、上記訴外会社と控訴人及び訴外阿部との間で横領金の弁償について示談の交渉が進められ、結局控訴人及び阿部が連帯して訴外会社に対し金九百万円余を支払うことで示談の成立を見たのであるが、訴外阿部は無資力であったため、控訴人は訴外足立常一から金員を借受ける等して資金を調達し、示談金の全額を上記訴外会社に支払うの余儀なきに立ち至り、その結果、控訴人は右示談金のうち訴外阿部が負担すべきであった金五百五十万円について同訴外人に対し求償債権を取得するに至ったものであること(なお、上記刑事事件においては、阿部に対しては実刑が確定したが、控訴人に対しては刑の執行猶予が言渡された)、訴外阿部は上記のとおり無資力であったが、控訴人は、阿部の財産状態を調査したところ、同人には熱海市下多賀字南川六九一番の五宅地五十二坪一合及び同地上の木造亜鉛メツキ鋼板葺平家建建物一棟三〇坪があることが判明したので、右金五百五十万円の求償債権の回収を目的として昭和四十年一月十六日、求償債権のうち金二百万円の代物弁済として阿部から右土地及び建物の譲渡を受け、残額金三百五十万円については同年二月十五日、阿部との間に債務弁済契約を締結し、なお右契約においては保証の趣旨をもって阿部の身内である訴外阿部儀三及び阿部幸男が連帯債務者となったこと、然しながら右金三百五十万円については阿部には弁済の資力はなく、僅かに他の二名の連帯債務者のうち一人が秋田県下に所有していた土地を処分することによって金百万円余の支払がなされただけで残額については現在に至るまでその支払がなされていないこと、他方、控訴人は、昭和四十三年五月九日代物弁済によって取得した上記土地及び建物を金二百五十万円で他に売却したこと、およそ以上の事実を認めることができる。

(二)控訴人が昭和四十年一月十二日、静岡地方法務局熱海出張所登記官から交付を受けた訴外阿部所有の上記土地の登記簿謄本に乙区の用紙の謄写が遺漏しており、従って控訴人が右土地にはなにら登記上の負担がないものと誤信したとしても、このことと、控訴人が同人及び訴外阿部の横領金の弁償について前記訴外青木建設株式会社との間に示談をし、また、示談金のうち訴外阿部の負担すべき金五百五十万円の代位弁済をしたこととの間に因果関係の存在を認めることができないことは、右(一)に認定した事実関係に照し明かである。ただ、さきに認定したとおり、訴外阿部との間に同人所有の上記土地及び建物について代物弁済契約を締結するにあたり、控訴人が右土地には訴外鈴木源吾を権利者とする抵当権が設定されていることを知っていたならば、このことは当然に右土地及び建物の評価にあたって考慮され、従って控訴人の有する求償債権額のうち代物弁済によって消滅すべき金額は二百万円より低額に定められたであろうことは容易に推測し得るところである。然しながら、訴外阿部には右土地及び建物の外には他に資産はなく、控訴人が求償債権の回収を図ろうとすれば結局右土地及び建物の譲渡を受けてこれを換価する以外には手段がなかったのであり、また、訴外阿部にはもとより右土地の抵当債務を弁済する資力はなかったのであるから、控訴人が右土地を有利に換価しようとすれば、結局は抵当債務を自ら弁済する外はなかったのである。また、控訴人が右土地に抵当権の負担があることを予め知っていたとすれば、求償債権額のうち代物弁済によって消滅すべき金額が二百万円より低額に定められることとなるのに伴い、昭和四十年二月十五日に締結された前認定の債務弁済契約における債務額も三百五十万円より高額に定められることとなった筈ではあるが、債務者阿部には債務額の多少にかかわらず、もともと弁済の資力がなかったのであり、また、前認定の他の二名の連帯債務者にも、同人等のうち一名が支払った金百万円余を越えては弁済の資力がなかったことは上記(一)認定の事実関係からこれを推測するに難くないのであって、結局、控訴人が訴外阿部に対する求償債権について、同人との間に代物弁済契約を締結するにあたり、代物弁済の目的である土地の上に登記上の負担がないものと誤信したこと及び控訴人がかく誤信するに至ったことの原因である右土地の登記簿謄本における乙区の記載の謄写の脱漏は、控訴人が訴外阿部に対して有する求償債権の回収の可能の限度にはなにらの影響をも及ぼすことがなかったものといわざるを得ない。

(三)これを要するに、登記官が土地登記簿謄本を交付するにあたり、抵当権設定登記の記載の謄写を遺漏したことは、重大な過失といわざるを得ないけれども、右過失と抵当権設定登記の抹消を得るために直接又は間接に必要であった控訴人主張の費用の支出との間には因果関係の存在を認めることはできないのであって、控訴人は登記官の過失により右費用の合計額相当の損害を被ったとして被控訴人に対しこれが賠償を請求することはできないものといわざるを得ない。

よって原判決は相当であって、本件控訴はその理由がないので、民事訴訟法第三百八十四条第一項の規定によりこれを棄却すべく、訴訟費用の負担につき同法第八十九条及び第九十五条の規定を適用し、主文のとおり判決する。なお、本訴請求のうち原判決認容にかかる部分については、仮執行の宣言を付する必要はないものと認められるので、これを付さないこととする。

(裁判長裁判官 平賀健太 裁判官 石田実 足達昌彦)

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